根抵当権問題について (続き)
金融機関の立場
一方、今度は金融機関にも批判の矛先が向けられます。
金融機関の担保実務としては、土地とその上に建てられた建物を一体のものとして担保(共同担保)にとります。たとえ、その取得費・建設費を融資していなくても。
金融機関に対する批判の内容はこうです。
「既存の根抵当権設定物件の解除が難しいのはまだ理解出来る。
土地の購入費を借りれば当該土地に根抵当権は設定する。それは仕方がない。
しかし、今回は、融資を受けることもなく補助金で建てた建物である。どうして、金融機関はその建物も担保に取ろうとするのだ。強欲過ぎるだろう。火事場泥棒じゃないのか!」
と。
しかし、不動産取引の慣行・常識からすれば、金融機関のスタンスは実にリーズナブルなものです。
まず、土地や建物に金融機関の為に根抵当権が既に設定されているケースから考えてみましょう。
当該金融機関から根抵当権の設定額または、それを超える金額の借入がある債務者(借主)が、建物の改装資金を補助金と自己資金で賄おうとする場合、公募要領どおり、金融機関に担保権を外すよう依頼して金融機関は応諾するでしょうか?
常識的に考えれば、他に担保を補完するものでもない限り、まず、応諾することはないでしょう。
それは当然のことです。
金融機関にすれば、自分達に何の落ち度もないのに、一方的に担保を解除するよう迫られているのですから。
金融機関にも自己の債権の保全状況を維持・強化する権利があります。それは近時巷間で主張されている「担保依存融資(判断)からの脱却」とはまた別次元の問題です。なんと言っても、カネも返さず、既に取得している担保だけ外せと言われている訳ですから。
また、金融機関にとっては民法504条に規定する担保保存義務違反に該当する可能性もあります。万一、債務者(借主)が返済できなくなった場合、他の保証人がそれを根拠に保証債務の履行を否認する事態も想定されます。
そもそも、市中金融機関にとって、保全を危うくする行為≒貸倒発生リスクが限りなく拡大する行為は、命の次に大事な預金を預けている預金者の信頼に対する裏切りでもあります。
もし、これにより債権(貸金等)の一部が回収困難になれば、株式会社の場合、担当役員は株主代表訴訟の対象になる可能性もあります。
つまり、既に土地建物に担保設定している場合、その解除は、余程の事情がない限り、事実上困難と考えておいた方が無難です。
別に金融機関が強欲なのではなく、当局(税金)と金融機関の権利と利害とが対立する時、先行した方がその既得権を他に対して主張し得ると言う自由主義国家として当たり前の原則なのです。
さて、既存の根抵当権の解除問題はこの位にして、担保付きの更地に建物を建てた時に、何故、金融機関が拘るか、について考察しましょう。
建物と土地は一体でなければ価値がない。
日本の法律では、建物と土地は別個の不動産として扱われ、当然ながら、別個に登記も出来ますし、売買も出来ます。
で、自分以外の所有者がいる建物の底地(建付地)を買いたいと言うニーズが、どの程度、あるでしょうか?
特別な思惑がない限り、新たに建物も立てられる訳でもなく、僅かな地代*しか入らない利用価値が限定された物件に手を出す人は極めて限られています。
ですから、「底地(だけの売買でつく)価格」は当然低くなる訳です。
理論的には、通常の土地価格から、他人の土地の上に建物を建てる権利=借地権の価格を控除したものが底地の価格となります。
この借地権価格は、土地の評価に一定の借地権割合を掛けて算出します。
通常の住宅地ですと6割程度が相場ですが、より詳しく知りたい方は、国税庁が毎年公表している路線価(正確には「財産評価基準」。相続税・贈与税の計算時に使用されるものです)に、路線ごとの地価とその借地権割合が示されていますので、そちらを参照ください。
*地代:場所にもよりますが、通常「期待利回り」として土地価格の2%程度と言われています。また、次のような簡便法も目途を知る為に使われることがあります。
上記路線価*0.8*1~1.5%
いずれにせよ、たいした金額にはなりませんね。
このように、当初、更地で購入し、担保に差し入れた土地でも、建物を建てて、その建物を担保取得しない限り、底地だけでは、その価値が激減してしまうのです。
担保権者に、なんの落ち度がなくても。
事例で考えてみましょう。
上図の事例では、更地が建付地となったことで60百万円の価値の下落(減価)が起こります。
ですから、殆ど全ての金融機関は建物の追加担保取得に拘り、更地の担保取得時に「追加担保差入れ念書」を徴求するか、または当初の担保設定契約書等にその旨の文言を入れているのです。
したがって、一旦底地に抵当権等の設定をしている場合、公募要領のように建物の担保取得を断念する金融機関は殆どいない筈です。
落とし穴
このように、是非はともかく、金融機関が建物の担保取得に拘る事情は十分根拠もあり、理解出来るものです。
2021年4月に公募要領が公表されて以来、この点は指摘され続けられていましたが、当局・事務局はFAQ等を出すなど公式にこの問題と対峙することを避け続け、Part1で見てきたように迷走を重ねてきました。
そして、10月下旬の第4次公募時に先の「幕開け」で記した「公募要領」の一節に突如として、次の文言が追加されたのです。
また、根抵当権が設定されている土地に建物を新築する場合は、根抵当権設定契約において、
建設した施設等の財産に対する追加担保差入条項が定められていないことについての確認書 を
交付申請時に提出する必要があります。
そして、実務対応としては金融機関から直接に上記言質をとる手続きを踏ますことなく、申請者が「金融機関から確認を得ました」と報告させる様式まで用意しました。当初の公募要領開示から半年も経ってから。
それも「採択事業者向け資料」として。
しかし、これは「落とし穴」なのです。
既に見てきたように、金融機関は個別の特別の事情がない限り、建物の担保差入れを断念することはありません。間に挟まった申請者は金融機関にしっかり確認することなく、当該念書を差し出すかも知れません。事務局は、形式さえ揃っていれば補助金を交付するでしょう。
しかし、やがて金融機関は当初の取り決め通り、建物の担保取得に動くこととなり、それが判明すれば、事務局は手続き違反として当該補助金交付を取消し、回収に走る…
かくて、最悪の事態が惹起する~懸念があります。
問題はまだまだ続きそうです…
いずれにせよ、担保設定している物件への補助金による建物建設・改装は慎重に行う必要があります。
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